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モーガン・フリーマンと一緒にご飯を食べる妄想短編小説です(ギリギリ食べています

 11月も終わりの深夜1時、大粒の雨が容赦なく身体から体温を奪っていく。飲みなれない強い酒のせいで頭が割れるように痛い。足元もおぼつかない。3時間くらい前のことについては、考えたくもない。傘もコートもどこかへ忘れてきてしまった。ぶつけたのかつまづいたのか、ハイヒールは片方が折れかかっている。足に合わなくて痛くなるけれど、デザインに惹かれて奮発したんだっけ。もう、いっそ脱いでしまえ。アスファルトが足の裏に痛い。

 転勤になり急いで探したアパートはマンハッタンの東、自転車通勤が出来る便利な場所だ。周辺はどこも家賃が高すぎ、諦めかけていたときに偶然見つけた安い部屋。建物が古く一階に頑固な管理人がひとり住んでいるせいで、あまり入居希望者がいないのだと不動産屋は言っていた。
 その管理人室の前を通り過ぎようとした時、急にめまいが襲ってきた。飲み過ぎたか、と思った瞬間、崩れ落ちるように転んでしまった。バッグの中身が廊下に散らばる。
 物音が聞こえたのだろう、管理人室のドアが開いた。暗い廊下に、柔らかい光が差し込んでくる。黄色のパイピングが施されたダークグリーンのパジャマに、ネイビーのバスローブを羽織った管理人が立っていた。ああ、起こしてしまった。謝ろうとしたとき、管理人は何も言わずに、わたしの背中を優しくぽんぽんと叩いた。そして室内へ戻ったかと思うと、タオルをわたしの頭の上にバサッとかけ、しゃがんで髪の毛をわしゃわしゃと拭きだした。それがなぜだか滑稽で、なぜだか悲しくて、笑うふりをしながら喉の奥から漏れる嗚咽をごまかしていた。
 管理人はわたしを室内へ招き入れ、暖炉の前に置かれたソファの、毛布がかけられた場所に座るよう促した。廊下に散らばったバッグの中身と靴を拾い上げ、こちらに背を向けて暖炉の前にそれらを並べている。わたしが泣いていることに、気づかないふりをしているようすで。
 タオルで顔を半分隠したまま、ヒールの壊れ具合を見ている管理人の後ろ姿を眺める。この部屋に入るのは初めてだ。朝、外階段を掃除している管理人に軽く挨拶したり、スーパー帰りで大きな紙袋をふたつ抱えているところにたまたま会って荷物運びを手伝おうとすると、重いからとやんわり断られ、ぎこちなく天気の話なんかをしながらアパートまで帰ったり。近所のカフェでコーヒーを飲みながら読書しているようすを見かけることもあった。そんな距離感のひとに、今、なにを言ったらいい?

 暖炉の上に管理人の奥さんらしき女性とスコティッシュ・テリアの写真が飾ってある。じゅうたんがところどころ擦り切れていて、室内飼いだったのだなと思う。ソファには手縫いのパッチワークキルトカバーが掛けられ、使い込まれた木製のテーブルに、メタルフレームの老眼鏡と、しおりが挟まれた何かの本が置かれていた。全体的に古めのインテリアの中で、テーブルランプだけは最近買ったように見えるスチル製のものだった。
 少しずつ冷静さを取り戻してきて、濡れた服のままソファに座ってしまっていることにようやく気付いた。慌てて立ち上がるが、さっきまでそばにいた管理人は、そこにいない。どうしよう。部屋の奥のほうに電気がついている。少しすると、パチンと軽い音がして光は消えた。木製のトレイにマグカップふたつと大きめのボウル、ガラスのビンを乗せ、新しいバスタオルを腕にかけた管理人が戻ってきた。トレイをテーブルに置くと、立っているわたしの手から濡れたタオルを受け取り、視線が合う程度に腰をかがめて、バスタオルを肩にふわりとかけてくれた。少し上目遣いで、口角だけをあげて微笑んでいる。それにつられて、わたしも少し笑う。みっともない姿を見せてしまったこと、迷惑をかけてしまっていることが、気にかかりつつ。
 管理人はわたしの正面に座り、マグカップを渡してくれた。温められたミルクの熱が手にじんわりと伝わる。そこへ、ビンから蜂蜜を垂らしてくれる、蜂蜜は小さな円を描きながらミルクの中へ沈んでゆく。マグカップに口をつけると、どこか懐かしいような柔らかい甘みが広がる。ボウルから綺麗に剥かれたりんごを小皿に2〜3切れ取り分け、わたしの前にちいさなフォークとともに置いてくれた管理人は、少し安心したようにミルクを一口飲む。そして、ゆっくりと、諭すように話し始めた。

 「私の見当違いでないのなら、今夜はあまり良くないデートをしてきたんじゃないかね。誰かと付き合うときにはいつも、これが最後の恋だと思うかもしれない。が、合わない靴を無理して履くことはないだろう? このひどい靴を直すか捨てるかは、貴女次第だね。直してもまた壊れるかもしれない、と少しでも思うのなら、今夜捨てて、貴女に合う靴を探しなさい。……明日は晴れの予報が出ているよ」

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